完了災事のグランギニョル

帝国から、新たな兵器運用のオートマトンのオーダーが入った、私のラボに遣わされた帝国兵が、それを告げたのである。
私の名はグランギニョル。周囲からはDr.グランギニョルだのグランギニョル博士だの、結構適当に呼ばれている。
既に帝国に対して数百のオートマトンを製造、そして派遣している。帝国は人々や国々に対しての脅威として十分となりえている筈だが、
今の軍事力ではまだ飽き足りないらしい。発注数等、詳細な内容を伝達した後、その帝国兵は足早に帰還していった。
本来ならば、私も帝国に加担するようなマネはしたくない、しかし、食い繋ぐにはこれしか方法がない現状では、こうするしかなかった。
帝国は、私にオートマトンの製造と提供を要請し、その見返りとして、資金の支援と帝国との安全協定を約束した。
そのおかげで、人付き合い以外では、特に難なく過ごせている。
オーダーされたオートマトンの詳細表をもう一度読み返し、ラボに戻ろうと踵を返したその時。
道の片隅でみすぼらしい姿をした少女が横たわっていたのが見えた。


彼女は孤児であった、出生はまるで不明、まあこのご時勢、そんなに珍しくない。
長い間何も口にしていなかったのか、かなり衰弱していて、生きているのが不思議なレベルである。
私は彼女を、ベッドに寝かせて様子を見ることにする。


彼女は目を覚ますと、物珍しそうな目で周囲を見回す。
目を覚ましたそこが知らない世界なのだから、当然の反応だろう。
私は、起きたばかりの彼女に食料を与える。
食べてもよいのか、といった感じの視線を投げかけて来たが、私がゆっくり頷くと彼女は必死に、笑みを浮かべ、涙をこぼしながら、と
なんともずいぶんと忙しい感情表現をしながら、食料をあっという間にたいらげてしまった。
一体今までどのような生活をしてきたのかと気になったが、私はその好奇心を押し殺した。


彼女は自らを、「セルラ」と名乗った。
名前以外はあまりよく覚えていないようで、どういう経緯で倒れていたのかさえ覚えていなかった。
然るべき施設に預けようかとも思ったが、それを彼女に告げると頑なに否定された。
幸い、ラボには部屋が空いていたため、ラボで彼女を預かる事となった。
彼女は、その小さな体のどこに入るのかわからないくらい食べる、また食費が嵩むぞ。


彼女が此処で過ごすようになってから数ヶ月。
彼女はすっかりラボの一員となっていた。
他の研究員の行動を観察したり、せがまれてしょうがなく買ったぬいぐるみで遊んだりと、
最初こそあまり口を開いてくれなかったが、最近は普通に会話もするようになった。
この数ヶ月で、彼女は子供らしい無邪気さを手に入れた、のだと思う。
何の研究をしているのか、と聞かれた際に、咄嗟に答えられなかったのが何とも遣る瀬無いが。
ちなみに、彼女は私を「おじさん」と呼ぶ。私はそこまで老けているのだろうか・・・?


帝国から、新たなオートマトンのオーダーがあった。
普段見慣れない帝国兵の姿を、彼女は物陰からずっと覗いていた。
人見知りするので、物陰から出る事は結局なかったのだが。


外で遊んでいた彼女が、服を泥まみれにして、泣きべそかきながら帰って来てさあどうしたことか。
どうやら、私の研究を、通り掛かった少年達に「人殺しの研究」と言われ、それに激怒したらしい。
彼女はとても泣き虫で、些細な事でも泣いてしまう。しかし芯の通ったとても強い子だ。

悲しくて泣いたら、ずっと悲しいままだ、そんな時は、笑って悲しい気持ちも全て吹き飛ばしてしまえばいい。

私がそう言うと、彼女は半べそで私に満面の笑顔を見せた。
彼女の笑顔はとても眩しかった、私や研究員たちは、この笑顔に一体何度助けられただろうか。
それにしても・・・「人殺しの研究」か。
完全に否定できないその事実が、私の心を深く抉った。


彼女がテレビを凝視している。
何を見ていたのかはわからない。
何を見ているのか聞いても、内緒としか言わない。


「わたしね!おおきくなったら!メイドさんになる!!」
彼女は突如こんな事を言い出した。おそらく、あの時凝視していたテレビの影響だろう。
なんでも、
メイドさんになって、おじさんのおてつだいするの!!」
だそうだ。
涙腺の決壊を止められなかった私は、彼女を強く抱きしめた。
圧迫されて苦しそうな彼女が、悶えながらも「ないたらずっとかなしいままだ」と私を慰める。
嬉しい時は、泣いてもいいのだ。


彼女がこのラボに来てから数年。
彼女は、私に時折反発するようになった。
自分の少年としての心はとうの昔に忘れたし、ましてや年頃の少女の気持ちなんてなおもわからない。
まあ、年頃の少女とは、こういうものなのだろう。


彼女とまたケンカした。
彼女が此処に来て間もない頃に買い、ずっと大切にしてきたぬいぐるみを壊してしまったのだ。
新しいものを買ってやると言っても、あれがよかったの一点張りである。
しまいには、ラボを飛び出してしまった。
腹が減れば、帰ってくるだろう。


彼女が一向に帰ってくる気配がない。
流石に心配になった私は、慌ててラボを飛び出す。
彼女は外に出ても、普段ならば必ずラボの周辺にいる。
しかし、どこにもいない。
子供の足と言っても、もう随分と時間が経っている。
私はあまり考えたくない結末を頭に巡らせながら、血眼になって彼女を探した。
探して、

探して、

探しに探して・・・

聞き覚えのある泣き声が聞こえて、駆け寄ると。

壊れたぬいぐるみを抱えて立ち尽くす彼女がいた。


彼女はすっかり泣き疲れたようで、私の背の中で眠ってしまった。
結局ぬいぐるみはどうすればいいのかと悩みながら帰路に着いていると、彼女の口から、ぽそりと小さく言葉が発せられる。
「おじさん大好き」
寝言とは分かっているのだが、なんとも耳元でそんな言葉が聞こえるとむず痒い。あと「おじさん」という呼び名にはいつまで経っても慣れない。
義理の父親という立場に立っている人間は、皆こんな感じなのだろうか。


彼女がまた泣きながら私に飛び込んできた。
それも指から所々小さい出血がある。
一体何事かと思って聞いてみると、どうやら熊のぬいぐるみを直そうとして裁縫に挑戦したらしい。
普段も「人形作り」ばかりしている事だし・・・
裁縫、始めてみようか?


難しい。
いや本当に難しい、私が普段やっている「人形作り」とはワケが違いすぎる。
そもそも私は然程器用ではない。
まさか針に糸を通すだけで30分かかるとは思わなかったし、指だってこの前の彼女と同じ状態だ。
負けられない戦いが、そこにある。


指はまだ痛む、というか真新しい出血さえ生まれてしまった。
だが、マシな裁縫は出来るようになった。
彼女の熊のぬいぐるみは壊れる前と差が無い程に直ったと、彼女が言ってくれた。
にしても、人間、なせば成るものだな。
相変わらず針に糸を通すのは30分かかるが。


彼女はよく人形とお喋りをして遊んでいる。
男の私からすれば、何が楽しいのかよくわからない。
増してや大人になった今では尚更だ。
ああ、しかし、フィギュア同士を戦わせるのは私もよくやった。友人とそれをやると決着が1時間経ってもつかないのだ。


彼女が、試作のオートマトンに話しかけている。
彼等は素体こそ人間のものだが、その肉体の支配構造を殆ど機械に置き換えられ、最終的には元々の意識などは消滅する。言葉なども発する事はできない。
出来るだけ人間に近づけようとすると彼等は自我を保てなくなるのだ、故に機械による信号に置き換える。
しばらくオートマトンを見つめたあと、彼女は私にむかって、なんだか気難しい表情で歩み寄り、こう告げた。
「あのお人形さん、家族に会いたいんだって」
私は飲んでいたコーヒーをとにかく勢い良く噴き出して戦慄した。


子供の言う事を信じるものではないのかもしれない、あれもただのごっこ遊びかもしれない。
しかし彼女の険しい表情を思い出し、私は無意識にあのオートマトンの素体の出所を探っていた。
素体の出所と、素体自身の情報を元に、私はこのオートマトンの家族の下へと出かける事にした。
オートマトンを日中堂々と歩かせるのはアレなので、ちょっと変装というか、カモフラージュさせる。
彼女がオートマトンに花を植えつけ、「どうよ」と言い放つが、しばらくオートマトンを見つめたあと、申し訳なさそうに花をぶっこ抜いた。
この前もそうだが、少々疑問に思っている事があるのだが、まさかなぁ・・・?


素体と(彼女も同行)共に、素体の御家族の下へと向かった。
玄関を出た奥さんであろう方に、素体を確認してもらう。
まあ結論から言って、確かにその素体の御家族だった。旦那さんだそうだ。
奥さんは泣きながら、素体を抱き締める。だがそのオートマトンに、旦那さんとしての意識は無い。
と、思っていたのだが。


オートマトンは、静かに奥さんを抱き返す。そんなバカな。その素体は既にオートマトンであり、旦那さんでは無いハズなのだ。
しかし、オートマトンが一芝居打って出る程の思考を持ち合わせているとは思えない。理論上、絶対にあり得ない!!
私が苦悩する最中、彼女は奥さんに向かって、口を開いた。
「私も、会えて嬉しいよ、もう、二度と、会えないと思って、いたからね・・・・だって」
その言葉が奥さんに伝わった瞬間に、オートマトンは静かに機能を停止してしまった。
旦那さんをこのような姿にした私は、一体何を言われるのかと思ったが、私が予想していたものとは全く正反対の言葉が飛んできたのだ。
「ありがとうございます」
・・・・・、オートマトンを作り続けて、まさかオートマトン絡みでお礼をされるとは思わなかった。
だが、おかげで分かった事もある。
たった今この時をもって今までのオートマトン理論が大きく覆され、そして私が抱いていたとある疑問も、確信へと変わった。
彼女は「人形と話す能力」を持っている。
今日の私は、興奮と驚愕で、さぞすごい顔をしていた事だろう。


幾つかのオートマトンを製造するも、彼女は彼等の声を聞き取れないらしい。
素体の意識のままオートマトンとなったあの試作体。それと似た性質のオートマトンを造ろうとするものの、どうにもうまくいかない。
オートマトンの権威とは言われても、やはりオートマトンは未知数だ。


私はあの試作体の件を機に、オートマトン製作により没頭するようになった。
基となった人と、同じ意識を持つオートマトン、それは即ち、死者を蘇らせる事と同義だ。
世の理に反する事になるであろう研究、公表するつもりは無いが、禁忌に触れたくなるという好奇心が私の研究意欲をとにかく掻き立てる。
それに、新たな理論書(レポート)も纏めなければならない。


日夜オートマトンを作り続ける日々。
だが、不思議と苦ではなかった、相も変わらず彼女はオートマトンの声が聞こえず、進展こそ無いが、私はこの研究に、今までに無い高揚感を覚えた。
進展が無くても、造ったオートマトンは帝国に売りさばけばいい。






進展は無い。






今日も進展は無い。





次も。





また次も。






そのまた次も。






気がつけば時は進み。






さらに進んだ。






だが私は研究の手を緩めない、すばらしい、此処まで意欲的に打ち込めた研究が、果たしてあったのだろうか?
否、無い、なんせこれは『神に成らんとする』あわよくば『神さえ超えようとする』研究なのだ。
人知を超え、世の理をちゃぶ台のごとくひっくり返す研究。
私はすっかり、研究を行うだけのマシーンのようになってしまった。
相変わらず進展は無いが、この研究をしているだけで、私は――

「おじさん」

「セルラか、さあ、今日も彼等の声を聞いてくれ」
「・・・・・」
「どうしたんだセルラ、さあ――」
「おじさん、変わっちゃったね」
「!!?・・・・・な、何を言っているんだ」
「変わっちゃった、って言ったの、今のおじさん、ただの機械みたいだよ」
「機械、か、まあ一応、自覚はしているよ、だが、この研究意欲が、留まる事を知らないんだ!!凄いよこれは!!場合によっては神にさえなれてしまうのだから!!」
「機械が」
「・・・?」
「機械が神に成れるとでも思ってるの?」
「なん・・・だと・・・?」
「機械みたいに研究ばっかして、機械みたいだという自覚もあるなら、貴方は神になんかなれっこ無い」
「・・・・・」
「貴方は、そこにいるオートマトンと同じ!!彼等は貴方の玩具でしかないし!!貴方はさしずめ!!神に造られた玩具でしかない!!!」
「セルラ・・・・ッ!!!」
「声・・・聞こえないって言ってたよね・・・」
「? ああ・・・」
「最初は研究のお手伝いが出来るって思って、私は張り切って彼等の声に耳を傾けた、けど、それはおじさんの研究を踏みにじると思って、おじさんのお手伝いが出来なくなると思って、あえて聞こえないと言っただけ、今思えば、それも間違いだった」
「つまり・・・それは聞こえていたのか!!?だったら今からでもいい!!彼等は何と言っていた!!!」
「知りたい?」
「ああ!!」
「じゃあ、教えてあげる」


「痛い」
「!?」

「怖い」

「やめてくれ」

「嫌だ」

「死にたくない」

「そうね、とにかく叫んでる子もいたし」

「ほんとはまだ数え切れない程にあるんだけど」



「私はお前の玩具ではないとか」

「あ・・・・・」

「殺したい、殺したいって連呼する子とか」

「うあ、あああ・・・・・・」




「小娘、そこのバカにこう伝えろ
     貴様は研究者でも、神でもない――

           ただの、悪魔だ。って」

「やめろ!!!」
「ッ!!」
「それ以上は・・・やめてくれ・・・」
「何よ・・・言えって言ったのは!!貴方じゃない!!!あの時彼等にも意思があると知ってから!!貴方は彼等の気持ち考えた事あった!!?」
 「まるで用済みみたいに運ばれてくる死体弄繰り回して!!生み出したオートマトンは全部!帝国に売り飛ばして!!!」
  「おかげで帝国は驚異的なまでに軍事力を手に入れたわ!!それで死ぬ人だってたくさん増えたそうよ!!ええ!!この街以外はね!!!!」
「やめてくれ・・・!!たのむ・・・!!」
「研究意欲ですって!!?笑わせないで!!貴方がやってきた事は、研究じゃない、ただの殺戮・・・」
 「貴方が目指してきたものの名を使うとするなら、『神への冒涜』って所かしらね・・・!!」
「・・・・・」
「もう、このラボに助手は一人もいない、今の貴方を見かねて、みんなどこかに行っちゃった、それさえも貴方は気がつかなかったの」
「だったら・・・」
「何」
「お前も何処かに行ってしまえばいいだろう・・・?」
「なっ!?」
「私が憎いか!?聞きもしたくない罵声の数々を浴びさせられて、お前も研究材料の一環とされ!!お前を散々私の夢物語につき合わせてきた!!」
 「お前は私が憎いはずだ!!人の、オートマトンの命を弄び!!散々とコケにしてきた私が!!」
「お、おじ・・」
「だったら!!さっさと私のラボからいなくなれ!!!!此処は!!私の!オートマトンの権威!!Dr.グランギニョルの!!夢の居城だ!!いいや!そんなヌルいものではないか!!そう、魔王の根城だ!!!私の領域に勝手に入ってくるな!!!」
「!! ッッッだったら!!!此処で本当の意味で一人になれ!!!!あんたなんか嫌いだ!!そこで誰からも認知されないままッ!!人間性もろとも!!ゴミみたいに腐っていけ!!!」













行ってしまった。
私は今まで何をしてきたのだろうか。
さっきまであった研究意欲は?
さっきまであった高揚感は?
今あるのは、虚無感だ。
今あるのは、おそらく今も私に憎悪の念を発しているのであろうオートマトンだけだ。
驚いたな、私のラボは、こんなに広かったのか。
普段は何人もの助手が研究に勤しんで右往左往している。
そうだな、助手達の荷物とか、泊り込みのための日用品とか、たしか家具の類もあったか?
助手と談笑しながら、コーヒーを飲んでて、難しい話をセルラが頭を抱えながら聞いてて。
研究に行き詰った時にはセルラの笑顔が全員を励ました。
・・・・・


ラボの一室、無機質な空間だったこの部屋も、今ではすっかり女の子の部屋だ。
私も良く知る、今では唯一その形を変えていない、ラボの一室に他ならなかった。
足元を見ると、彼女がずっと大事にしていた熊のぬいぐるみが転がっている。
私が修復した形跡もしっかり残っている。いかにも不器用な奴が縫いましたって感じの糸の縫い目。何が壊れる前と変わらない、だ。
それに、私の覚えの無い縫い目もある。セルラも、裁縫ができるようになったのか。随分と私に負けず劣らずヘタクソだが。

「そういえば、前にも喧嘩して、お前は飛び出していったな・・・・・」
「今回は、私が追い出しちゃったんだけどな・・・」


私は無意識に、ラボの正面口に向かって走っていた。
セルラを探さなければならない、私の侵した過ちを、セルラが、私が作ってきたオートマトン達も含めて許してくれるとは思えない。
だが、私は、彼女が必要なのだ。仲間が必要なのだ。
さっきあんな事を言っておいてなんだが、私の我侭を聞いて欲しい。

「私を!一人にさせないでくれ!!!」


正面口を突っ切り、外に出ると、目の前にいた何かに思いっきり衝突してしまった。
それは、あの時の試作体である旦那さんとの再会を果たした奥さんだった。

「す、すみません!あ、あの、あの時はありがとうございました」
「ぶつかっておいて申し訳ないのだが先を急いでいる!!話は後にしてくれないか!!」
「ああああのちょっと!?」
「何!?」
「いえ、先ほど貴方のお子さんを見かけたので、一応伝えておこうかなって・・・」
「!! どこに!?」
「私の家のすぐ近くの通りですが・・・」
「ありがとう!!」
































さてと、どこから話せば良いのだろうな。
とりあえず結論から言おう、セルラはラボに帰ってきたよ。


































『私だ、覚えてくれているか』

『ああ、本当にすまないと思っているよ、セルラのおかげで、目が覚めた』

『セルラかい?ああ、彼女なら』

『死んだよ』

彼女は、ピクリとも、動いてくれないけどね。


車に弾かれて意識不明の重体。
後に医師達の口から、セルラがまもなく死亡したと告げられた。
そして、セルラの小さく、冷たくなった体を、私は引き取り、いまこのラボに帰ってきたというわけだ。

『その割には落ち着いている・・・か』

『まあ、そう聞こえるのも無理は無いよ』

『悲しみとか、悔しさとか、色々出て来過ぎて、自分でもよくわかんない事になってる』

『今自分が、どんな顔してるのかもわからない、鏡を見ようとしても、視界がぼやけてハッキリ見えないんだ』

『ああ、ごめんごめん、用件を話すのを忘れていたよ』

『私は神になるのはもうやめた、セルラに言われたからね、神になれないってさ、あんなに激昂したセルラは、初めてみたよ』

『でも、その代わりだ、あえて彼女の言葉を借りるなら』

『私は【神への冒涜】を、実行しようと思う』

『嫌なら別に構わない、これは私のエゴだ。それでも付き合うというのなら、是非、君の力を貸して欲しい』

『Dr.アリエ』


Dr.アリエは、私の一番の助手だ。
「あり得る」が口癖で、少しあわてんぼうだが。
腕と才能、それに知識だって私に劣らない。もしかすると私以上かもしれない。
分野は微妙に違うので張り合いようが無いのだが。


アリエも協力してくれる事となり、私達は、今まで入っていた帝国からのオートマトンの発注と製造を全て打ち止め。
究極のオートマトンの製造、セルラの蘇生を開始した。
できるだけ、人としての形を残したまま、彼女をオートマトンとして蘇らせる。
セルラに生きていて欲しい、私を一人にしないで欲しいという我侭を通すには、この方法しかない。
もちろん、心境としては複雑だ。仮に成功し、セルラがオートマトンになったとしよう。
その瞬間から、必然的に、彼女は兵器となる。私が製造してきたのは、軍用オートマトンなのだ。
装備を外したオートマトンを、今更製造するのは不可能。
兵装も含めて彼等はオートマトン故、欠けると、機能しなくなってしまう。
神になろうとする暇があるのなら、私は非戦闘型のオートマトン開発にでも着手しておけばよかったと今更後悔した。本当に今更すぎる。


製造は困難を極める。当然といえば当然だ。
私が人間性を失うほどに没頭しても、進展は一切しなかったのだから。
さらに今回は試作体とはワケが違う。
彼は様々な機械兵装があったが、今回は人としての姿をできるだけ完全に保つ。というこれまた私の我侭が条件にあるのだ。


帝国からの遣いが時折やってくる、その度に追い返しているのだが、あまり空白をあけるワケにはいかない。
だが、製造もまるで進まないのがもどかしくて堪らない。やはり神の理に背いてまで、人を生き返らせるのは不能なのか?
セルラ・・・彼女の名であるその単語には、「細胞状の〜」といった意味があると、とある資料に記載されていた。
細胞状の・・・か・・・・。アリエには休息をとるように言っているが、私は全然眠っていない。瞼が重いのを堪え、打開策を探す。


進展があった。
そう、セルラという名の持つ「細胞状」という意、ありとあらゆる兵装を、彼女の細胞に収束する事で、細胞を変質させて質量にさえ囚われない自由な無機物変形を可能にするといったものだ。
やはり、彼女を兵器にする事は避けられなかったが、長きに渡ってまるで進行の無かった【神への冒涜】に、一歩近づいたのだ。
一歩、たった一歩進んだだけにすぎない。しかし私にはそれが希望の光に見えた。アリエも同じ考えだと思う。


不思議だった。
あの進展から、不思議と、事がうまく運んでいる。
何かのフラグなのではないかと思ったが、特に何も無く、確実にセルラは蘇生の方向へと足を運んでいた。
やがて、肉体の調整も終わり、セルラは人としての外見を保ったまま、オートマトンと成ったのだ。
都合上、左目の下部に金具を、左耳にも補助機器を取り付けざるを得なかったのだが。アリエは「カッコイイからいいんじゃないでしょうか」と言った。
お前好き勝手言うけど一応この子私の娘なんだぞ。


肉体は培養カプセルに投下され、生命維持装置によって、体は生きているのと同然の状態となった。成長だってする。
そう、この時点で、セルラは生き返っているのだ。端末による会話だって出来てしまう。だが、これで完全ではないのを忘れてはならない。
『>:おじさん?いる?』
「!?」
「博士!!セルラさんから・・・コンタクトがありました!!!」
『<:私がわかるか、セルラ』
『>:うん、わかるよ、私死んじゃったんだね』
『<:・・・ああ、本当にすまない、もっとお前の気持ちに、オートマトンの気持ちに、耳を傾けるべきだった』
『>:・・・・・』
『<:そして、なんだ、また怒るかもしれないが、お前を俺は生き返らせたよ、お前の言う、神への冒涜を、やってしまったんだよ、どうしてもお前を失いたくなくて。随分と、我侭な気がするがな』
『>:・・・もう一度、おじさんとお話できるのはとっても嬉しい、だけど、うんそうだね、まだ懲りてなかったの?』
『<:一応、目は覚めたつもりだがな・・・』
「今は眠そうですけどね」
「うるさいぞアリエ」
『<:そして、生き返らせる代価として、お前を兵器にせざるを得なかったのも、言っておかねばならない』
『>:・・・・・そっか』
『<:今のお前は、好きなように思い描いた兵器へ変形出来る。今はそこまで自由度は高くないハズだが、いずれはどんな大きさのモノにでもなれる』
『>:もう、そんな事はいいの』
『<:何?』
『>:私!今までお話できなかった分!おじさんとたーーーーーーーーーっくさん!お喋りしたいの!!』
 『>:だから、兵器だとかオートマトンとか、今は忘れて欲しい』



『>:おじさん?』
『<:あ、やっほーセルラさん、覚えてますか、助手のアリエです』
『>:覚えてますよ、あの「あり得る!」ばっかり言ってた人ですよね』
『<:中々ひどい覚えられ方してるなあ僕。一応最近はそこまで言ってないんですけど、まあいいや。あのですね、今博士は已む無き事情によって、会話続行不能なんです、なので、時間を置いてからでもよろしいですか?』
『>:嬉しい時は』
『<:泣いても良いのだ。流石セルラさんだ、僕より博士を見ているだけの事はあります。お察しの通りです』
『>:それほどでもないです、とりあえず、わかりました、私もなんだか疲れて来たので、また時間を空けてからお話します』
『<:うむ、ありがとう、そいじゃーお休み』

「・・・・・」
「博士」
「・・・・・」
「大丈夫です、今のセルラさんは視覚も聴覚もありませんよ」
「うわああああああぁぁぁぁあああぁぁあああああッ!!!」
「大声で泣く博士、初めて見ましたよ、写真とって他の助手達に送りつけてしまいましょうか」
「うおおおおぉぉおぉおおおおおぉぉぉぉおおおッ!!!!!」


あまりに事がうまく運んだ事でセルラは事実上の蘇生を果たした。
だが、今までがうまく運びすぎていただけなのだと。本来、この製造というのは、完全なる未知である事を改めて思い知らされた。
セルラが、≪バグる≫のだ。端末が突如ノイズを発し、セルラの発言が、化ける。

『>:おじしっしsじじじzっじじじじ失し強いしし塩shづいhふぃ尾jh語彙rhjg:オアhるg;hkrj瀬後:い;れkjphts所;いhsjrt:h』klkstrhb所l;背kthptじぇ青phjkrtshpk@rhj」ptrslhp@てkp」』
「くそッ!!またかッ!!」
『<セルラ!大丈夫か!!』
『>:>>::>>>>:言ったt代々言いだいいよっよよよおおyyyっよおおおよっよお+家ておいdしおsづいhfdkjd;dh』
『<セルラ!!セルラ!!』
「博士!!セルラさんが!!!」

そして、無尽蔵な機械の塊に、そうだな、シャレではない、まさに「機塊」と呼べるまでに歪な変形を行うセルラ。
見ていられなかった。
今のセルラは感覚など無いハズなのに、端末からは「痛い」とも捉えられる文字列。そして、まるで押し寄せる苦痛に耐えているような表情。
とても見ている事など出来なかった。

「どうすればいいんだ・・・」
「博士、レポートを読ませて頂きました」
「いや、しかしそのレポートは、古いぞ。オートマトンに意思が無いものだと思って纏めたものだからな」
「しかし、セルラさんの症状に関係のありそうな記述は、しっかりとありましたが」
「何!?」
人間性です」
「・・・・!!」
「<オートマトンは、人に近づければ近づける程、その膨大な人間性に耐えかねて、自我が暴走を始める>」
 「古い、とは言いましたが、この記述自体には、訂正の余地は無いですよね」
「ああ・・・・・」
「まさか神になることに没頭しすぎて自分の書いたレポートの内容さえ飛んでいましたか」
「冷静さを欠いていただけだ。つまり・・・」
「ええ、セルラさんから、ある程度の人間性をデータとして抜き出し、削除すれば・・・」
「ダメだ!!」
「・・・・・」
「言っただろう、セルラは出来る限り人間の状態でオートマトンにする、出来る限りなどといっても何かしらの人間性を失ったら、もし、それこそ致命的な人間性を失ったらどうするんだ・・・?」
「博士、夢物語だけで研究が出来るとお思いですか?」
「ッ・・・」
「ではこのままセルラさんが人ならざるモノとして、鉄の塊として死んでいってもいいと!?」
「それもダメだ!!」
「博士は我侭すぎるのです!!完璧な研究を行ったとしても100%の結果が出せるワケが無い!!娘さんを、出来るだけあの頃の状態に戻したいという気持ちは、分からなくも無いです、しかし!!彼女は生命維持装置が稼動したあの瞬間から日に日に成長している!!精神だって、既に大人に近い!!このまま彼女が子供としての無邪気さを崩し、大人としての人間性を培ってしまえば!!それこそ!!今以上に酷いものを!!貴方は見る事になるかもしれないのです!!」
「セルラももう、子供じゃない・・・そんな事は・・・わかっているつもりだ・・・」
「これじゃ、博士の方が子供っぽいですよ・・・それに人間性を削ぐ事で、セルラさんが正常化するかどうかも結局わからない、確実ではないのです、博士は言ったハズです・・・私達のやっている事は完全なる未知だと・・・、未知に融通が全て通るワケが無いのです」
「・・・・・」
「セルラさんの人間性をある程度削ぎ、正常化する事に賭けるか。このバグを正常化できず、機塊となるセルラさんを、黙って眺めるか。これは、貴方が選択してください。言っておきますが、他の打開策を探る程の時間は、私達にはありませんよ。帝国が、そろそろ黙っていないでしょうからね」
「クソッ・・・!!」


『>:ねえおじさん』
『<:なんだい、セルラ』
『>:今私は音も聞こえないし目も見えないけど、大丈夫なのかな』
『<:何も感じ取れないのは不安だろうね、大丈夫だ、生命維持装置を解除して、生命としてその存在を確立できたら、君は目も見える、音も聞こえるようになるよ。』
 『<:ただそうだね、一応、装置が稼動している間は今のセルラは人間と同様なんだ、だからセルラは普通に生きている人間のように成長している、そして、装置を外した瞬間からオートマトンとなり、成長は停止する。君は変形時以外は、唯一の人間と同等の肉体構造のオートマトンとなる。一応知っておいた方がいいかなって』
『>:私の、バグを取る方法は見つかったの?』
『<:・・・・・』
『>:おじさん?』
『<:ああ、見つかったよ』
『>:本当に!?』
『<:ああ、どうも自分は周囲を見るのがかなりヘタクソらしい、アリエ君が、私の過去のレポートから方法を導いてくれたよ、自分の書いたレポートの内容さえ既に頭から無いとは、恥ずかしい限りだよ』
『>:そっか、すごいね、アリエさん』
『<:ああ、彼は私の一番の助手だからね』
『>:ちょっと変わってますけどね』
『<:ああ、違いない』
 『<:とりあえずだが、明日にでも、その方法を試してみようと思う、セルラさえ良ければ、だが』
『>:私は大丈夫だよ』
『<:そうか、ありがとう、それじゃあ、今日はゆっくり休むといい』
『>:おじさんもね、見えないから分からないけど、どうせ寝てないんでしょ?』
『<:鋭いな・・・』
『>:伊達にアリエさんよりおじさんを見てないので』


正常化のために人間性を抜く、となると、相当膨大な量を抜く必要があるハズ。生半可な量では意味が無い。
だが、抜くとなれば、抜くほどにセルラは人間ではなくなる。
しかし、このバグさえ消滅すれば、後は生命維持装置の稼動を解き、セルラを完全に蘇らせるだけで良い。段階としては、そこまで既に差し掛かっている。
どうすれば、よいのだ・・・『未知に融通が全て通るワケが無い』。彼の言葉を思い出す。


「博士・・・決心は、つきましたか」
「ああ。思えば、私のやっている事は、我侭を通り越して傲慢だったのかもしれない」
「では・・・!」
「彼女の『記憶』を削除する」
「記憶ですか!?しかし、そんな事をしては・・・彼女から貴方は消滅します!!」
「・・・・・、記憶を消失させる事で、培ってきた人間性を、すべて彼女の中から放り出すのさ、私達との記憶も、全てまとめてね。一時的に、ではあるが0にする事ということだから、確実性は格段と上昇するはずさ」
「博士・・・」
「彼女の精神を人間に留める事が可能で、かつ人間性を抜き取れるのなら、コレがもっとも最善策だと考えた」
「しかし、それでは、彼女は・・・セルラさんはどうなるのですか・・・父親である貴方はどうするのですか」
「翌々考えてみれば、セルラを突き放し、その結果セルラは死んだ、殺したのは私も同然なのだ、今更父親面ができるか?できると思うのか?」
「ですが・・・」

「私は最低な研究者さ、娘同然に育ててきたこの子を・・・私の親としての自覚が足りずに死なせてしまったこの子を・・・!!」
 「今度は私のエゴで!!兵器として蘇らせようとしているのだぞ!!!娘を殺した挙句に!娘を!人を殺す機械にする親が!果して存在したか!!?」

「それ以上は言わないで下さい、博士。それを言ったら、元も子も無い、今までの研究さえも根本から否定することになる」
「・・・・・私は、研究に没頭するあまり、セルラを束縛していたんだよ、オートマトン達の声を聞かせて、ろくに構いもしないでね、だから、もう、彼女を自由にしてあげたいんだ。それで許してもらおうとは思わないけど、彼女を私に縛られる事の無い存在にしたいって、そう決めたんだ」
「・・・セルラさんは・・・・」
「ん?」
「逃げようと思えば、貴方の元からいつでも逃げる事ができたハズです」
「・・・・・」
「しかし、彼女は、最後まで貴方の元を離れなかった、これがどういうことか?理解できますか?」
「・・・・・・・・・それは・・・」


その時だった、正面口が蹴破られ、大勢の人影が、ラボの中に押し寄せてくる。
その人影は紛れも無く、私の製造したオートマトン。容赦なく銃弾を乱射して来た。
時間切れだった、オートマトンを従えるのは、帝国以外にはいない。
帝国が、シビレを切らして襲撃を開始したのだ。
私達は咄嗟にセルラの開発室へと逃げ込む。この部屋のセキュリティレベルはかなり高度なので、しばらくは大丈夫、のはずだ。


『>:どうしたの、おじさん』
『<:帝国が攻めて来た、セルラ、今から早急に君のバグを取り除く作業を開始する』
『>:逃げないと・・・』
『<:ダメだ、それは出来ない』
『>:でももしもの事があったら、おじさんも!アリエさんも!殺されちゃうよ!!』
『<:・・・・・セルラ、今から君の記憶を抹消する』
『>:え・・・?』
『<:言語能力などの重要なものを除く、膨大な記憶を全消去する。0になる事で、一時的に、人ではない状態にする』
『>:それじゃあ・・・嫌だ!!私嫌だ!!!おじさんも!ラボのみんなも!!忘れちゃうって事だよね!!?そんなの絶対嫌だよ!!!』
「セルラさん・・・」
『<system:素体の精神構造を、データ化します...』
『>:おじさん!!!』
『<:・・・私だって、本当はこんな事はしたくなかったさ』
『>:おじさん?』
『<:ただ、私は、私の知るセルラが戻ってきてくれればよかった』
 『<:しかし、それは不可能だったよ、人形ではない、人を作るというのは、あまりに未知数すぎた』
  『<:冒涜された神が、私に天罰を下したのだろうな、なんとも最後まで愚かな科学者だったよ』
『>:最後・・・?おじさん?』
「博士、何を言って・・・」
「アリエ」
「は、はい・・・」
「済まなかったね、君を巻き込んでしまって」
「違います、私が巻き込まれに来たんです」
「ふっ、相変わらず変わっているよ君は」
「良く言われます」
「此処にはに緊急脱出装置がある、特に必要は無いと思って暇つぶしに造ったものだが、まさかここで役に立つとは思わなかった」
「私だけで脱出しろと申しますか?」
「それ以外の何に聞こえたのかな」
「そんなあり得ないこと、私がするとお思いですか?一度は貴方を見かねて出て行った私ですが、今の研究者としての魂を持つ貴方を、私が見捨てるワケがありません」
「まあ、言っても聞かないだろうなとは思っていたさ」
『<:そうだセルラ』
『>:何?』
『<:ついこの間な、お前の服が完成したんだよ』
『>:服?』
『<:なんというかだな・・・小さい頃、お前がなりたいって言っていた・・・』
『>:メイド服!?作ったの!?』
『<:ああ、裁縫スキルが自分でも分かるくらい、随分と上達してな・・・気がついたら服が作れる程になっていたよ』
『>:おじさんすごい!!着てみたい!!!』
『<:なんだか、娘の服を作るってのは・・・どうもアレだな・・・しかも普段着とかじゃないし・・・』
『>:私は嬉しいよ』
『<:そうか、そういってもらえると嬉しいよ』
『>:ああでも!着るためには記憶消さないといけないんだよね?迷うなあ』
『<:なんだか随分と軽いね』
『>:私はおじさんの研究のお手伝いがしたいの、おじさんを困らせているようじゃ、いけないと思っただけ』
『<:・・・・・セルラ?』
『>:何、おじさん』
『<:もう一つ、お前に教えておかねばならない事があったよ』
『>:?』
『<:泣きたかったら思いっきり泣いたらいいんだよ、時には無理して笑う必要も無いんだ』
『>:・・・・・今の私は、泣きたくても泣けないよ』
『<:そういうものなのか』
『>:そーいうものなんです』
『<:・・・・・』
『>:やっぱり・・・嫌だよぅ・・・私、おじさんを忘れたくないよぉ・・・』
『<:ああ、私も悲しいさ、本当はセルラに、私を忘れて欲しくなんか無い・・・だけど・・・』
『>:あ』
『<:セルラ・・・?』
『>:ああああ。ああ。あ。。。。あ。あ。ああ。あ。あ』
『<:セルラ!?』
「くそっ!こんな時にッ・・・!!やはり実行するしかないのか・・・!?」
「しかし、博士・・・」
『>:ああああぁあhsjlkfdsajkshaikaahdkjsahdaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa??>>KK+K』
「・・・・・止むを得ない!!!!!私は!セルラを助けたい!!」


セルラが暴走し、私は電子暗号化された彼女の記憶を消去するシークエンスを作動させた。
彼女の記憶は、ゆっくりと剥がれ落ちて行く、ゆっくりである事が私には救いだった。

しかし

「何故正常化しない・・・?」

彼女の暴走が、沈静しない。記憶は消失を始めているはずなのだ、少しずつでも、安定していかないとおかしい。
それどころか、彼女は今までにない程に悶え、一際巨大な機塊へと変貌を遂げている。

「記憶だけじゃ足りないというのか!!?」
「博士、どうしますか!!?」
「何か、何か無いか・・・?」
『>::::−−c−−−−えl−−−−−r−−あ−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−』

更に何かを抜けば良い、良いのだが・・・それでセルラに何かあった場合は・・・

「どうすれば良いのだ!!!どうすれば!!!」

私はおもわずヤケになって端末を叩く、気がついた時にはもう遅かった。
結果として、セルラは、正常化した。端末を叩いた際、何かの削除シークエンスを作動させたようだ。
一体何を削除したのか分からないが、何かを失った事で、セルラのバグは消滅した。
おそるおそる、私はセルラに話しかける。これで思考や会話に問題が現れた場合はどうしようかと、私の中で不安が過ぎった。



『>:バグ、取れたんだね』
『<:ああ』
『>:私、もうすぐ全部忘れちゃうんだね』
『<:ああ、生命維持装置も解除した、しばらくすると君は眠りにつき、うまくいけば、装置無しでも生命維持が可能となる。その瞬間から君はオートマトンで、成長も停止する』
『>:そっか』
『<:すまない』
『>:なんで?』
『<:本当にすまない』
『>:どうして?貴方はどうして謝っているの?』
『<:今の私には謝る事しかできない』
『>:・・・・・、いいよ、なっちゃったものは仕方ないし、そっちの方が諦めだってつくもん』
『<:・・・・・』
『>:だからさ!私が眠くなるまで!記憶が続く限り!!今まで出来なかった分!!もっとおしゃべりしたい!!おじさんとお話したい!!』
『<:・・・セルラは、強い子だな・・・』
『>:それほどでも?』


私とセルラは、これでもかという程に語りつくした。
会話する分に、何が失われたのかは結局分から無いが、確実に彼女から、私達の存在が消えていっている事は分かった。
途中から、徐々に、口調さえ変わってしまったのだから。
厳重な扉からは何かで叩く音が聞こえ、アリエは部屋の隅で何かを書きとめていた。彼なりに空気を読んでくれたのだろう。


『>:・・・・・なんだか、眠くなって来ました』
『<:装置による生命維持の効果が解け始めているのだろうな』
『>:もう、お別れなんですね』
『<:ああ、そのようだな』
『>:博士、とても楽しかったです、此処まで会話をした事は、過去にありますか?』
『<:こんなにぶっ通しで喋る事は、全く無かったかな、なんせ間に研究を挟んでいたから』
『>:子との時間は、ちゃんと作らないといけませんよ』
『<:ははっ、違いないな、精進するよ』
『>:活動限界が近いです、鈍重に圧し掛かる眠気に抗えません』
『<:抗う必要は無い、ゆっくりお休み』
『>:最後に一つ、よろしいですか?』
『<:なんだい』

「大好きだよ、おとうさん」


私は突如耳に入ってきた声に驚愕し、セルラが培養されているカプセルへと目をやった。
無表情で少し引きつった、笑顔を作ろうとして失敗している顔で私を見下ろすセルラがいた。
私達は顔を見合わせ、少ししてセルラは静かに瞼を閉じた。
同時に、私があの時に何を奪ったのかも悟った。
「博士・・・今の声は?」
「セルラの声だ・・・可能なのか?こんな事が」
「・・・理論上は、不可能なハズです・・・」
「・・・・・おとうさん、か・・・・・」
「嬉しそうですね、博士」
「ふふっ、初めて呼んでもらえたんだぞ、当然だろう」
「・・・・・」
「・・・・・さて、アリエ、君も早く脱出するんだ。いつ帝国がセキュリティを破ってくるか分からない、流石に、余裕を扱きすぎてしまった」
「お断りします、私だけのこのこと逃げるなどあり得ません」
「そういうと思ってだな」
「何です?」
「脱出装置のボタンは私が持っている」
「はい」
「このボタンを押すとだな」

アリエの足元がにゅるっと開き、大きな空洞になる。

「随分古典的な脱出装置ですね」
「古臭い人間の考える事なんてこんなものさ、あと技術としては結構最新鋭なんだがね」

などといっている間に、アリエの姿は無い。空洞は滑り台状になっており、最終的にすごい勢いで外に放り出される、無駄ロマン。


結構高度なセキュリティ、を自負していたのだが、まさか力技で開けられるとは思っても見なかった。
力自慢の帝国騎士、ルドガー卿の仕業である。彼は一般兵だった頃から、帝国からの遣いとしてよくラボに来るため、面識がある。
彼は無数のオートマトンで私を包囲し、語りかけてきた。

「どういうことだグランギニョル博士、帝国からの発注を、全て打ち止めにして、一体どれ程の時間が経ったと思っている」
「お久しぶりですね、ルドガー卿、何、とあるオートマトンを製造してましてね」
「・・・・・これがそうか、何度か見たことある気がするが、これは貴殿の娘ではないのか」
「ええ、そうです」
「・・・・・お前達、銃を下ろせ。・・・・・話を聞かせていただこうか」







「なあ博士よ・・・此処まで聞いておいてなんだが・・・・、貴殿が天才なのは分かっているが、貴殿はバカか?」
「ああ、大バカ野郎だ、どうしようもないまでのな」
「頭の弱い私には、貴殿の話はあまり理解できぬが、私には、娘を蘇らせようとして、全く別物が出来上がっているようにしか見えぬぞ」
「ああ、そうかもしれないな」
「貴殿ともあろう者が!!一体何を考えているのだ!!!」
「もう何も考えちゃいないさ、今となってはな」
「娘に固執するあまりに廃人と化したか!!」
「何とでも言え」
「・・・・・取り乱した、無礼を許せ。とにかく用件を伝えさせてもらう」
 「実にシンプルなものだ、『Dr.グランギニョルの抹殺』。それだけだ、皇帝陛下は、貴殿の判断を、帝国への反逆と見られた」
「そうかい」
「覚悟は、出来ているのか」
「ああ、逃げも隠れもしないさ」
「そうか」
「ただ、頼みがある」
「何だ、言ってみろ」
「セルラが目覚めた時に私の事を悟られないように、私が彼女に与えた名を除くこのラボ全てにある私の名を抹消してくれ」
「何故そこまでする」
「彼女は自由になったから、もう、私に縛られる道理はないからさ」
「・・・・・承知した、他に言い残す事はあるか」
「用件は、それだけさ」



「セルラ・・・・・・・・ごめんな・・・・・本当に・・・・・・ごめんな・・・・・」































目を開けば見知らぬ世界。自身が誰なのかさえ、分からない。
無機質な回転音を上げる右腕を突き刺し、薄いガラスの膜を破壊する。
無造作に置かれた机の上には、無数の書類と洒落た服。それと随分古ぼけた熊のぬいぐるみも置いてある。


服は随分と私にぴったりだった。
書類には、私の事について書かれているようだが、所々に掻き消されたあとも見受けられる。
何が何やら、その内容を見た所で私にはさっぱりだったが、しっかりと私の名前は記載されていたようで良かった。
名前さえ分からないようでは困るのは目に見えている。
熊のぬいぐるみは、触らないでおいた、何の変哲も無いぬいぐるみだというのはわかるが、何故だか触れるのがとても恐ろしかったのだ。


『個体名:セルラ。セルラ=グランギニョル。私の、掛け替えの無い、最高の   にして、究極最悪のオートマトンだ』


私の名は


セルラ=グランギニョル








「・・・・・人はそれを」



「エゴイズムというのです」



END