【旧世界】未知共探の食文明

「いらっしゃい、って何だアンタか」
「何だとは何だ。私は客だぞ、丁重に扱え、そして敬え」

此処、食文明に一人の浮いた存在が転がり込んでくる。
名をプロト。プロト=フィロソフィアだ。

私は人の名を覚えない、そして人の顔も覚えない。
食堂を経営する以上、人の顔は沢山見るし人の名も把握しきれない。
なにより興味が無いのだ。覚える必要が無いなら頭に留めておく道理も無い。
必要さえ無くなれば既に記憶から掻き消えている。人と関わる機会が多いと関心も分散するから忘却自体は随分と容易いものだ。

そんな中で彼女は私の数少ない友人。名を覚えており顔も覚えている者の一人だ。
その場合店に入ってこようが『客に対する必要最低限の対応』さえも必要無い、存分に砕ける事が出来る。相手を『客』としては扱わないのだから。

「んで?用件は何?」
「貴様が頼んでいたモノが出来上がったのでな、さっさと貴様に押し付けに来た」
「お?もう出来たの?まだ3日だよ?随分早いじゃん?」
「私を誰だと思っている、この程度のポンコツならば本気を出せば1日さえかからずとも作れる、敬え」

彼女は言葉では言い表せない程のすごい かがくの ちからを行使する。分野としては科学に留まらない辺りさらに万能だ。
確かに敬うに値する程の実力はあるが如何せん性格がクソだ。この通りクソだ。

私が彼女に作らせたもの、それは「私」である。
何を言っているのかわからないだろうがつまりは私の代わりとなる存在、要するにロボットだ。
私はよく店を開ける、それも不定期に。故に私の代わりの店番を用意したのだ。

「しかし、確かに貴様の要望通りには作ったが、良かったのか」
「何がよ」
「あまりにもAI面が簡素すぎる、単純な呼びかけに対してプログラムが用意した返答を述べ、遂行するだけ。これではランダマイザーだのbotだのと変わらないぞ」
「最悪店番さえ出来ればいいんだよ、それで客が不快になろうが所詮その程度の客だ」
「お前クソだな」
「お前に言われる筋合いも無い」

そんな感じで罵倒を浴びせながら、プロトは精巧に作られた私そっくりの何かを乱雑に店内に運び出す。
嫌に長いまつげから霊体まで完全な再現っぷりだ、思念体の研究にも一目置いているようで、霊体に関してはおそらくそれの応用が色濃く出ているのだろう。

「それとだ」
「ん?」
「コイツの返答パターンに私を賞賛する趣旨のものを勝手に、そして当然のように加えておいたから感謝しろ」
「やめろよ!」
「何故だ!」
「やめろよ!!!!」

バシバシと『グリフさん』を叩き、鐘でも打ち鳴らしたかのような金属の音を響かせるプロト。
それを尻目に、食堂の引き戸がガラガラとやかましい音を立てながら開き、暖簾を潜りながらのそっと食堂に入る人影があった。
その人影も、『客』ではない。

「うーっす店主さん、メシ食いに来たっすよーいや何で店主二人おるん!!?」

共感の思念、レゾン。
レゾン=シェアエモート。私が名を、顔を覚えた人物その二だ。あとそのツッコミは最もだ。

「丁度良かったぞレゾン。ちなみに私が本物だ、プロトに店番ロボを依頼してな」
「ああそっちが店主っすか、しかしウリ二つっすね、思わず驚きましたよ」
「そうだろう、私の貴重な3日間をわざわざ費やして生み出されたマシーン・グリフ=サンだからな、出来が良いのは当然だ」
「問題は、正常に機能するかだな、まさか爆発はしないよな?」
「させても良かったんだがな、ド派手に炸裂させるには積める火薬が足りんかった、ビジュアル面と機能性の両立はまだまだ課題点だな」
「デフォルトで搭載予定とは…科学者の鑑っすね…」
「そうだろう、もっと褒めていい」
「褒めてないぞ」
「ともかく作動させてみせてくれ、精巧すぎてぱぅあボタンに該当するものさえ見当たらないんだが」
「髪に隠れた右目の眼球がとても力強く奥深くヒネるように押せるようになっている」
「エグい!!」

眼球を押し込み、ちょっと嫌な音を立てながら『グリフさん』は起動する、クソAIと言えど、動きとしてはとても滑らかで人工物にはとても見えない。
それでも思念体としての性質を感じないあたり、あくまでプロトによる「思念体メカニズムの応用」に留まった存在である事が伺えた。
そもそも性質まで精巧に作られていたら、私、あるいはこのグリフさんのどちらかは『性質が持つ法則性』によって消し飛んでいる。幾度と死んでいる私だが、そればかりは考えたくない。

しかし起動、並びに稼動はまだ序の口、問題は私の了承範囲において店番が可能かどうかだ。
このグリフさんは『>グリフさん』という呼びかけに対してのみ反応を示し、行動を起こす。その内容はランダム。先程プロトが言った通り、簡単な呼び掛けに対して定められた事しか出来ないランダマイザー。

まあ結果としては、私の定めた「店番」の範囲には適っているため問題は一応は無い事になるのだが、事としては散々である。
冷蔵庫を連続で開閉し、特に何かしてるわけでも無しに手が離せなかったり。
なんか謎の接続媒体を呟いたり、プロトを褒め称えたり、そしてディストーションフィニッシュだ、足は無いのに。

「中々に強烈な蹴りだった…」
(蹴りとは)
「で、どうなのだ、一応忠告した通りこんなザマだが、大丈夫なのか?」
「ああ問題無いぞ」
「無いの!?」
「一応料理の提供は出来たじゃん?運命要素強すぎるけど、店番自体はクリア出来てる」
「出来ているのだな、コレで」
「出来ているんすね、コレで」
「別にまかせっきりというワケでもない、店の方を私が疎かにしてしまっては私のロマンが一つ減ってしまう。それはヤダ。あくまでグリフさんの導入は不定期経営への対策じゃん、これで問題ねえって」
「まあ貴様が満足だと言うのであれば、これからそのポンコツは貴様のものだ、好きにしろ。それよりもだ」
「何ね」
「貴様のガラクタ作りに付き合わされてかれこれ3日という月日、まともな物を口にしていないのだ」
「『3日の』『月日』ねぇ?」
「私の3日とはそれに相応しいまでの貴重な時間なのだ、ならば?何かそれに見合う代価を支払う義務が貴様にはあるのではないのか?」
「そうっすよ、食べに私ももうお腹が減ってしまって…お金は無いっすけど…」

「ふむう、そうだな。元より汝等が『金』を払った事は無いが、グリフさんの完成を祝して、今回の御代はサービスしよう」
「そう来なくてはな」
「実に有難いっすッ!!!」




「此処のメニューはゴハンとトン汁、それ以外ならば可能な範囲で振舞う事が出来る。さあ、注文を聞こうか」

今宵の食文明にも、少し奇妙で、何も変わらぬ時が過ぎる。
その店に迷い込むのは、ただ飯を食うためか、それとも、一時のロマンを求めるからか。

そんなものは誰も知らないし、誰も知ろうとしない。