Ps-4 Cp-☆ 混濁し、染まらぬその性質

宮橋との戦闘、一瞬だけでも勝利を確信したものの、あまりにタフな宮橋は招来する幻想のリミットを外し、規格外で理不尽な攻撃を繰り出し私達は死の淵に直面しそうになる。だがガルテスの助けによってその武器を無力化、宮橋は後から現れた破壊衝動の思念、ヴァーサクによって回収され、一難を逃れた。
私と、同行していた七(ズィーベン)のダメージが尋常では無かったために、帰る手段が見つからず、一時的にガルテスの能力で紙になる事で、移動手段を得た。紙になった地点で私の意識は途絶えている。

それから何があったのか、平和の思念、ヴィヤズがアズゥの一味により奪われ、イハンの怒りが炸裂し、違反の性質が暴走。ルーツが言ったとおり、イハンは脅威としての存在、『The OVER』へと昇華したのだ。
驚異的な力を示し、暴れまわるイハンであったが、ガルテスとヴィクレイマの到着により応戦。二人の連携の末、見事ガルテスの能力で、イハン=メモラーThe OVERを紙にする事に成功する。

此処はイハン=メモラーの図書館。
この場に集まった一同が、本が山積みにされた机を囲みながら考える素振りを見せる。無論、私もだ。
一体何に悩んでいるのかと言うと、それはこの机の上に置かれた一枚の紙切れのせいである。

その紙には、禍々しい思念体の絵がプリントされていた。そう、能力によって紙になったイハンである。
ガルテスの能力により、紙の状態で封印されたイハンだったが、そこからどうしようも無い状況だ、ガルテスがこのまま能力を解除しようものなら、この状態のイハンが再度大暴れしてしまう。
しかし、紙にされた者に対して干渉のしようがないため、こうして策を講じているワケだ。

「ガルテス、以前貴様が襲われた際はどうやってイハンを元に戻したのじゃ?」

ヴィクレイマがガルテスに問う。ガルテスは一度、この状態のイハンに襲われている。この世から一時的に星の概念が消失した時、その時にイハンは初めてThe OVERの姿となったのだ。
あれ以降、イハンは激昂したり、星の力が薄れるたびにあの凶暴性が発現している。仕舞には、自分の意思であの姿になれる技を持ってしまった程だ。
同じ違反の思念である私には一切影響は無かったが、詳しい事はわかっていない。

「それはアレだ、サーバーを復旧させて、この世の星を再装填しただけだぜェ?あの時イハンがああなった根本的な原因は星の消失。星という概念が元に戻ったと同時に、あいつは正気に戻った」
「星・・・ねえ、私達、長い事イハンの傍にいるつもりだけど、何もわかってないかも。イハンと星に何の結びつきがあるのかしら・・・」
「ほしつくったりはできるよねイハン」

クロニクルとグリモワールも、悩ましい表情でガルテスに続く。彼女達はこの図書館の本棚で封印されていたと聞いた、イハンと過ごすにあたって、特に過去に触れる必要は無かったのだろう。おそらくイハンも、彼女達の過去は知りえないハズだ、そもそも奴は興味が無さそうだ。

「という事は、膨大な星の力を与えたらどうにかなるって事ッスかね!」
「バカかよルーツ、世界の状況を見てみろ、黒絶星しか生み出せねえだろこれじゃあ」

初めてルーツの意見に正当性が垣間見えたが、アーティアの言う事ももっともだ、おそらく、黒絶星を与えたら奴は尚その凶暴性を増すだろう。

「しかし・・・、仮に黄希星が存在するにしてもどうしましょうか・・・?」
「キャハハハ!決まってますよ!!紙になってるこいつの封印を解いて大量の星を直撃――」
「お前らしい考えなしの意見だな・・・出た地点で手の付けようが無い相手に、どうやって星を流し込むんだ・・・・」

現場に居合わせた教会の面々、ミトラ、ビリーヴ、ダウトも意見を交換し合う・・・が、やはり決め手と成り得るような意見は出ない。
こんな感じに、案こそ出なくも無いが、ダウトが的確に相殺して却下を食らってしまうのだ。食い下がろうにも、ダウトが述べる客観的な推定はどれも的を射ており、無理は無理と引き下がるしか無い。

「イハンをこの紙から出さずに、黄希星の性質を与えて沈静化する方法、として考えても・・・どうにも難しいなあ」
「むんむん」

勿論私も、真剣に考えているつもりだ、今はイハンを追うだとか、そのような事を考えているヒマは無い。七も、腕を組んで難しい顔をしている。本当に何か考えているのかはともかくだ。
ちなみに、私の足は勿論治ってなどいない。私の足も、七の腕も、一応の処置は行われたが、私は歩けないし七は千切れた部分を動かせない。しばらく戦線からは離脱せざるを得ないだろう。
しかしギプスはアーティア製であり、私には『治療部位の治癒促進』、七には『再生力の付与』が備わっている。ただし絶対安静でないと、逆に治療箇所が悪化するらしいので、どのみちヘタには動けない。

この集合は、タワーから帰還してすぐに行われたものである、空は相変わらずまっかっかで明るいが、時間も時間なため、パーティー自体は一応解散した、ここにいる者は全て自身の意思によってここにいる。
アーティアに至ってはホンの数時間の睡眠でピンピンしている。職人の朝はここまで早いのか。正直すげえと思いました。



「もう意見は出尽くしてしまったようじゃな、星を与えたらイハンは元に戻る。じゃが、星は無い、紙からも出せん、このまま干渉ができんようではどうしようもなかろうて。出す案は悉くそこの若造に抑えられるしのう」
「俺はあらゆる可能性に基づいた意見を提唱しているだけにすぎない、『有る』可能性とは『実現』できる可能性だ。俺自身もいくつか策は講じているが、結局自己で無理だと判断し終わっている。このまま案が通らなければ、イハンを封印したままというのも一つの策だ」
「イハンをこのままにするってのかァ?」
「其れも視野に入れないと仕方無いじゃないの、ただでさえこの姿は手がつけられないのよ?」
「ヴィヤズさんを失ったばかりなのに、ここでイハンさんを失うのは・・・」
「きゃははははは!やっべえ話進まない!!」


いや進んではいる、しかしそれは<イハンを復活させない>という方向での進行だ。
ガルテスはその案には良い反応を示していない。タバコを噛み千切りそうなくらい顎に力が入っていて、そもそも表情自体が嫌悪全快の顔だ。
ついでに図書館は魔導書グリモワールの展開した敵意を弾く結界が張り巡らされているため、タバコの煙を吸わずに黄ばんだりしない。便利すぎないかこの子。

私は、イハンはなるべく復活させるべきだと思う。
彼はこの『違反の世界』である現状も相まって、戦力としては一つ飛びぬけている。
それに平和の思念ヴィヤズが相手に渡っている上、それ以外の頭数も増やしている始末。

ガルテスやヴィクレイマのような心強い味方もいるが、彼らを踏まえても思念体数十体との相手は厳しいものとなるだろう。

「やっぱり、イハンは必要だよ」

思わず口にする、誰かに合わせるワケではなく、あくまで自分の意見として。

「俺もそう思うぜェ?」

それに賛同する形げガルテスも言葉を続けた。
彼は最初から助けるつもりで躊躇せず紙にしたのだろうか、助けるつもりがあろうがなかろうが『戦闘』となれば最悪殺す事もあったのだろうか。
それでも出来るだけ助ける道を選択するのはやはり根本的には相棒という位置に彼がいるからなのだろう。

・・・・・彼らが少し羨ましい。


「しかしガルテス、そして小娘よ。何度も言うが、助けられる手立ては見事に撃沈じゃぞ、まだ案があるならば別だがのう」
「結局ソレなんだよなァ・・・・・」
「・・・・・ねえ、グリモワール
「ん?」

私は彼女を頼る事にした。究極の魔導書、グリモワールの力を。
この図書館全域に結界を張り巡らせるほどの。あとついでに本棚をカステラにするくらい万能である彼女ならば、何か方法もあるのではないか。
そう思ったのだ、問題は頭の弱さだが。

「えいしょうなしのしょうまほうできょうかをうちけすようなものはあるけど、イハンのこのじょうたいはきょうかとはちがうよね」
「こりゃあ暴走ってヤツか?」
「第二形態とかそのあたりとも言えるッスね」
「第一形態に戻るRPGとか見た事無いよねぇ・・・デス・・・」
「むむむ」
「むしろ魔法をぶつけるには出さないといかんのだが」
「やっぱり出せばいいんじゃないの!?出さずにどうにかしようってのが難しいんだって!!きゃっはっはははゲホゲホ」
「だから何度も言わせるんじゃない、出して大惨事になったら手のつけようが無いだろう。アズゥを一網打尽にするほどの力だ、アズゥが食いやぶれる結界が役に立つとは思えん」
「他には無いのかな?」
「うーん・・・・」

悩むグリモワール、この子も考える素振りは見せているが、実際頭の中に思考があるのやらわからん。

「わかんなーい☆」

最高に腹の立つ顔だ、私の身長がもう少しあれば頭をシバいている。手が届かない。悲しい。

「打つ手ねェんだよなァ・・・助けるとは言ったがよォ・・・」

山積みにされた本の山にもたれながらため息をつくガルテス。
しかしガルテスよ、うっかり自分より高いものにもたれようとするのはよろしくない。
当然ながら、ガルテスの体重を支えられなかった本の柱は無残に崩れ落ち、足元に散らばった。足・・・もういいや。
なおガルテスはそのまま机にダイブし頭を強打して悶えながら打突っ伏す形となった。滑稽。

「何やってるのガルテス」
「うっかりしていたァ!!!」


せっせと散らばった本をかき集める集団、足の無い者達はしゃがむ時苦しくないのだろうか、地面から離れている分落ちたものが取りにくかったりしないのか。
普通に歩ける思念である私とビリーヴには永久にわからない感覚だろう。
しかし、その回収作業の中で、ハッとした表情で固まる人物が一人いた、そしてその人物は、何かを思い出したかのように

「あああーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

盛大な叫び声をあげる。その声の主はグリモワールだった。

「いきなり大声を出すでない、何があったのじゃ」
「・・・・・かんしょうするほうほう、あったよ!!!!」

その後、その場にいる全員が同じような叫び声をあげた。









「コレが策かァ・・・?」

グリモワールが干渉の策として取り出したものは、粒子が板状に散りばめられて構成された七色のしおりだった。
触ればその粒子は輝きを一層増し、ほんのり拡散する。あと冷たい。グリモアが魔力を凝縮し、イハンにプレゼントしたものなのだそうだ。
コレが一体どう策と成り得るのか。

「このしおりはね、もともとほんのなかのせかいにはいりこむためにつくったものなの」
「本の中の世界だァ?」
「そう、このしおりがだすりゅうしをはいりたいほんにふりまいて、ほんにはさめばじゅんびかんりょう。あとはほんのひょうしからとびこむと、そのせかいかんにはいりこめる」
グリモア、貴女こんなもの作ってたの?」
「ずいぶんとシャレたもの作れンだねえ、私も負けてねえけどな」
「しかし世界観に入り込めるとはのう・・・本の内容が書き換わったりはせんのか?」
「シミュレーションみたいなものだよ、はいりこんでなにをしても、ないようにえいきょうはないよ。イハンはふつうにしおりとしてしかつかってなかったけどね」
「となれば、紙の中に干渉出来ても、果たしてそれが影響するのかはわからないな・・・」
「俺の作る紙に『世界』があるたァ思えねえしよォ、その場合どこに飛べるんだろうなァ・・・」

さまざまな憶測が飛び交う、だが。

「これしか方法が無い以上、試すしかないよ、でもどうやって挟もう・・・折ればいいのかな・・・というか折っていいのかな・・・」
「心配いらねえよォ、折ってどうも無けりゃあソレでいいし、どうにかなればいい気味だ」

相棒相手でも本質は悪役だなあと思わずにはいられない。

「紙の先で何があるのか、それがわからないのが恐ろしいわね・・・」
「りゅうしをふりまいてぶちおってはさむ・・・じゅんびはできたよ、だれがとびこむ?」
「勿論行かせてもらうぜェ?先にイハンがいりゃあブン殴って目を覚まさせる!!!」

ガルテスが真っ先に名乗りをあげる、さっきまで見せていた嫌悪感たっぷりの顔が消え失せ、薄ら笑いを浮かべながらどことなく楽しんでいるように見える。

「だったら私も行くよ」

負けじと私も名乗り出るが、この状態だ、他の者達がそれを良しとしない。当然だ、もし戦うような事になったら今度こそジェノサイドだ。

「だから言ってるだろ!安静にしとかねえと能力が逆作用するって!!!」
「大丈夫、なるべく負担はかけないから。それに、せっかくだからちゃんと向き合ってみないとね。上半身とか下半身とか関係無く」
「あぶなくなったらいつでももどれるからだいじょうぶだとはおもうけど・・・ほんいがいにはいることはまったくかんがえてなかったからわからないや」
「構わないよ」
「ヴィクレイマとかはどうすんだァ?」
「ワシらはコレから如何するかについて、イハンがおらん場合、とおる場合の両方をある程度話し合っておこうと思う。何、長い話の苦手な貴様がおらん間に進めた方が良いかと思うてな・・・」
「言ったなジジイよォ?」
「言ったぞオッサン」

ガルテスはおろか、この悪役達は何かと楽しそうである事が多い。表裏の無い関係を築けるのは結構スゴい事なのだが。

「飛び込んだらいいのよね・・・?」
「うん、それはもうびよーんと」

二つ折りにされた紙からは振りまいた粒子が、その色を変えながら周囲を旋回。紙に至っては若干発光している。
いつでも飛び込めるという事なのだろうが、いざ!ってなるとなんだか少し怖くて躊躇われる。バンジージャンプの感覚がこういう感じなのだろうか、踏み込むものの、飛び込む最後の一歩が中々踏み出せない。
後ろで待ち構えるガルテスだが、あまりにモタモタしすぎて痺れを切らしたのか、ずかずかと歩み寄り、そして、私を軽く片手でひょいっと持ち上げた後。

「精々先の事をじっくり決めておく事だなァ!!」

と言いながら何の躊躇も無く本の中に飛びこんちょっと待てお前ェェーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!















目が覚める、激しくシェイクされた挙句に体が捩れるような感覚の中で意識を落とした私が次に見た光景。
数個の本棚が私を囲うように浮遊する真っ白な空間。果てというものは見えない、どこまでが地平線なのかもわからないが、限りなく向こうの方まで本棚が浮遊している。しかしその本棚の中身は、図書館にようにギッチリ詰まっているワケではなく、本の数も疎らである。
どうやら一応、しおりによるダイブは成功しているようだが、此処は何なのだろうか、グリモワールの言った通りならば此処は『イハンの世界観』という事になるが、ダイブしているものに『内容』は無いし、そもそも本ではない。
ガルテスが言ったように、人を封じただけの紙切れに『世界』などはあるはずないのだ。

「気がついたみてェだな」

私の背後から声が聞こえる。さっきも充分聞いていた私の知っている声、振り向くとすぐ後ろにはガルテスが腕を組みながら立ち尽くしていた。
相も変わらず、タバコをすっぱすっぱふかしている。ヘビースモーカーどころの話ではないくらいには吸っている気がする。

「此処は何処なの?」
「ダイブした先なのは違いねえが、俺にもわからねェな・・・自分が紙にした後のソイツの事なんざ考えた事もねェ」
「ねえガルテス」
「あァん?」
「あれ、取れるかな」

そういって私は浮遊する一つの本棚を指差す、随分大柄な棚だが、そこには本が一冊しか置かれていない。
別にどの本棚でも良かったのだが、最も近場にある本棚を選択した。

「本が一冊だけ置いてあるなァ、ちょっと待ってr」

言い切る前にガルテスの姿が瞬く間に掻き消え、本棚のまん前に現れる。
ガルテスの持つ瞬間移動の能力である。
しかしガルテス、飛ぶ事は出来ないため、左手で本棚を掴みながら右手で本を掴み、私目掛けて軽く投げ渡してきた。

私はその本を受け取り、早速開いてみる。その傍らでガルテスは結構な高さにある本棚から手を離し、凄まじい音を立てながら着陸せしめる。
ファンタジックに生きる人達は例えおじさんであろうが着地如きでダメージを受けない。強い。

「何が書いてあンだァ?」
「『2月11日、無数の人間に囲まれながら目を覚ます。本能が自身が思念体である事と、イハンの名を持つ事を告げる』・・・日記?」
「2月11日つったら、俺とイハンが最初に会った時だなァ」

確かにこの本にはその後、ガルテスとの戦いの記録が綴られていた。
互いに奮闘した後、結局決着は付かなかったと、記載されている。イハンが引き分けを意地でも勝ちにしないのは、私から見ればとても考えられない。

「アイツは小細工しねェ方がつえェんだよ、元の器用さと力で押すアイツが一番つえェ」
「確かに、The OVERにはこういった形で勝ってるもんね。でも元のイハンでも紙にしちゃえばいいんじゃないの?」
「そりゃあ無理だなァ、奴は俺を知り尽くしている、紙にする為のスキは一切ねェ、俺の意思の届かねェ『ゼロ・ペーパー』だろうが奴はかからねえ」
「でも逆に、ガルテスはイハンを知り尽くしている。だからいらない小細工を施したイハンには勝てるし、本気でぶつかって来るイハンには勝つ事も負ける事も出来無い。互いに知り尽くしてないと無理な引き分けだよねそれ」
「そういうこったなァ・・・、仮に俺が力でぶつかろうとしなかった場合は、確実に俺がやられるだろうなァ。まあ本気でぶつかって最初に勝利を抑えるのは俺だろうがなァ」
「イハンも同じ事言いそうねそれ」
「ヴィクレイマあたりも入ってきそうだなァ・・・いよいよもってわからなくなって来るぜェ・・・?」

二人の昔話ですっかり盛り上がってしまったが、この本以外の本も確認してみると、この本はイハン=メモラーの記録。
イハンが持つ記憶の断片である事がわかった。つまり此処はイハンの精神。世界が無い代わりに、私達はイハンの持つ精神を具現した世界へと飛び込んだようだ。
はたしてこれが仮想空間なのか、イハンの精神そのものなのかは定かではないが、私達は出来るだけ片っ端から本棚から本を取り出しては読み漁っていく。

そのどれもがイハンが経験した事であり、私の知る事象や、星が消失した事、今起こっているこの異変の事までしっかりと記されている。
だが、The OVERに関する事と、2月11日より以前の書物は一切見つからなかったのだ。イハンが2月11日に誕生した思念だというのならば普通は合点が行くものだが。
私の記憶にあるものは確実に2月11日よりも前、イハンと同一の存在であるならば、イハンが2月11日で初めて生まれたという事はおかしいハズなのだ。

「あとは、この先みてェだなァ・・・」
「さっきまでこんなの無かったよね・・・?」

粗方、イハンの記録を読み終えた私達は、目の前に片方白、片方黒の両開きの扉が存在する事に気が付いた。といっても、さっきの段階ではなかったハズだが。
此処でする事の無くなった私達は、新たな手掛かりへの期待と、先に何があるのかという多少の緊張感を持ちながら扉を潜る事にした。




ゆっくり、大きな音をたてながら開く扉。その煩さはかつての図書館の扉と同様だ、とガルテスは言った。
生憎私はその当時の扉の煩さを知らないのだが、これが毎度のように響いていたと考えるとあまり良い気分とは言えない。

扉を抜けた先は真っ暗な空間。これまた先を見る事は出来ないが、相当な広さだと思われる。
一変して黒い世界となったのと、なんとなく感じ取れる空間の広さから、正直少々不気味だ。

しかしその真っ黒なその世界の中で、一際異彩を放つ、淡い輝きを発見するのはあまりにも容易だった。

「なんだろうあの光・・・」
「考えても仕方ねェだろ、善は急げだぜェ」
「貴方悪じゃないの」

冗談を踏まえながら、私達は光の元へと走りだす。が、中々その姿は近くに来ない。予想以上に遠かった。

「し、しんど・・・あと足、まだ治ってないって・・・」
「あきらめんなお前!!」

ガルテスの暑苦しいエールの中でどうにか走り続け、やがて私達は謎の光の元にたどり着き、その正体を目撃する。
その光景は、ある意味で衝撃だった。

「人・・・かァ・・・!?」

水色がかった白いコートを着た緑髪の男が、真っ白に、淡く光る柱に、手に杭を打ちつけられる形で貼り付けられているのだ。
男に意識があるのかどうかはわからない、だが少なくとも生きている。それは思念体である私だからこそ真っ先に知りえる事だった。

「『黄希星』・・・?」

良く見るとこの思念体もまた足が無い、ズボンを纏ってはいるが、本来足が出る位置には何も無い。足の形の霊体というワケでもなさそうだ。
そう、この男は黄希星の思念体なのだ。イハンの精神世界の中に、どうして人々の希望とも成り得る星の思念が縛られているのか、ますますわからない。

「とにかく降ろした方がいいんじゃないかな・・・?」
「あの杭を引っこ抜けばいいんだなァ?」

まともにうごけない私の代わりに、ガルテスが瞬間移動を駆使して杭を引っこ抜く。
掌に打ち付けられた最後の杭を抜き、地面に転がり落ちた瞬間に、周囲の闇はみるみる明るさを取り戻す。
先ほどの本棚の部屋と同じ真っ白な空間へと変貌した。

しかし男は一向に目を覚ます気配が無いため、私達は明るくなった事で視界良好になったその空間を散策する事にした。
といっても、さっきの部屋のように本棚があるワケでもない、本当に真っ白な空間。案の定果ては無さそうに見える。
地面を叩いてみるとコーンコーンとやたら響きの良い音が鳴り渡るだけだ。

結局、男が横たわる場所まで戻ってくるが、ここである変化に気が付く。
男が打ち付けられていた柱が形を変えている。黒く禍々しく、現実に見たモノで一番近いものに例えるならばネガティブウォールあたりだろうか。

「こりゃあどういうこったァ?」

そう言いたくなるのも仕方がないだろう。私だって同じ意見だ。
さっきから起こっている事の意味がわからない、精神の移り変わりがこんな感じに作用するという事で良いのか、憶測の域は出ない。

「それはイハン=メモラーの心そのものだ」

先ほどまでは聞こえなかった声が私達の背後から語りかける、しかしその声は、実に聞き覚えのある声だった。

イハン=メモラーの声。私も、そしてガルテスも、そう認知した上で振り返った。
しかし振り返った先にいたのはイハンではない。あの柱に縛られていた黄希星の男だった。どうやら目を覚ましていたらしい。

「声だけならイハンかと思った・・・」
「俺もそう思っちまったぜェ・・・?」
「まあ、そう思うのも無理ないよ、初めまして、ガルテス、そしてルコ=モノトーン」

とてつもない違和感を感じる。確かに私達は初対面である、初めましてとは言われたのは問題ではない。何故奴は名前を知っているのだろうか。
私も、そしてガルテスも。

「また疑問そうな顔をしているね、差し詰め名前を言い当てられて少し驚いてるといった所か」
「色々とドンピシャすぎるぜェ・・・?」
「貴方は・・・?」



「僕は黄希星の思念体、『オグ=ホワイトパレット』。現イハン=メモラーとしての存在だ。イハンとなる前の姿って言えばいいかな、イハンが見てきた事は、大体僕も知っている。本棚の部屋、イハンの記憶もあるからね」
「イハンの前の姿だァ!!?」
「じゃあ、イハンは性質変化を起こしたって事!?」
「生憎そこまで昔の事は覚えていないけど、覚えてる限りでは僕は何者かに性質変化を施された。違反によって世界に留まる事が出来なくなってしまった星達。それに侵食された僕は違反の思念となった」
「でもよォ・・・だとしたらおめェは何なんだ?思念体のその性質変化ってーのは、誰もが元の性質が精神の中で生き続けるようなモンなのかァ?」
「そうではないよ、確かに思念体は性質変化を起こした段階でその人格さえもが変わってしまう。でもそれは、あくまで上書きされただけで同一の存在。黄希星と黒絶星の思念っていうのは色々と複雑で。元々は性質変化が出来ないようになっている。それを無理にでも性質変化を起こそうものならば・・・」
「貴方で言うならば黄希星としての意識が中で抑えられ、別の存在が支配する・・・って事なのかな?」
「大体はそうだ、君達が<イハン=メモラー>として接して来た人格とは、純粋な違反としての性質を、僕の黄希星の性質がどうにか中和した事によって生み出された人格。その結果人が困る事を望み、人さえ困れば他の悪でも壊滅させる、善とも悪とも付かない。どちらかといえば悪だけど、そんな感じになったってワケだ。違反の思念であるにも関わらず彼が人を惹きつけるのも、その混合された性質による作用だと思うよ」
「純粋な黄希星が貴方なのよね」
「ンじゃあよォ、純粋な違反ってーのは・・・」
「この柱だ」

オグはそういいながら、さっきまで自身が拘束されていた柱をコンコンと軽く叩く。確かさっきはコレをイハンの心そのものといっていた。

「ここはイハンの精神と直結している。此処で起こった事は直接イハンに作用する。この柱に内包された違反の性質が暴れだせば、彼は純粋な違反の思念となる」
「それがThe OVERってワケね・・・」

つまり、彼がこの柱に括り付けられている場合は、彼が柱に内包されているようなもの、という事になるのか。星の性質が欠けると違反が暴走する。星の消失によるThe OVERの発現の正体がコレという事か。

「そもそも、他の思念だって『純粋』な性質の持ち主なんだろォ?なんでまたイハンだけそんな暴走起こすんだァ?」
「違反への性質変化を遂げた物質が要因だ。違反によって世界に留まれなくなった星々、つまり違反が持つ多面性はともかくとして、それほどまでに、世界に居座れない程の『凶暴性』の体現。それが無数に僕の中に侵食してきた。普通の思念体同様の性質変化を遂げていたら、イハンはその2月11日の地点で破壊神の如き力を振るう世界の脅威となっていただろう」

今明かされるイハンの数々の秘密、彼がこのような不安定な状況下にあるとは到底思わなかった。
オグはずっと、イハンの中で性質を中和し続けていたのだ、彼は外に出る事が出来ない。それは『オグとして』もそうだが、『イハンとして』もだ。彼はこの空間に閉ざされたままなのだ。

「今もその暴走が起こってる最中なんだけど・・・」
「今か・・・どうやってこの空間に入れたのかはわからないけど、お二人が僕の拘束を解いてくれたのかな?まあ僕が自由に動けるって事は暴走は収まるハズだよ」
「そうか、んじゃァ一応イハンは復活出来るってワケだな・・・」
「あと、もう一つ聞きたい事がある」
「なんだい?」

それは、イハンとオグが同一の存在であるが故に、どうしても気になる事。

「思念体の性質は絶対に重ならない。その中で同じ違反の思念である私は何なの?もしイハン、オグ、ルコとしての存在が再度一つになったらそれは『誰』なの?」

少し悩んだあと、彼はゆっくりと私に語りかけてきた。

「・・・・・おそらく、いや、あくまでもおそらくだ、憶測の域は出ないが・・・君は『違反の性質によって再構成を施された偽りの違反の思念だ』」
「・・・・・」
「僕の足も無いだろう、元々僕に足があったのは覚えている。何故か分断寸前だったが、違反に塗りつぶされる際に断たれたのも覚えている、その断たれた下半身が、残りかすのように残った性質の力を受けて『思念体としての形に再構成した』んだと思う・・・君が持つ違反の力は『丸コピー』だけだったね、その分、違反に溶け込んでいる凶暴性も薄いから君は星の力が無くても暴走しない。その代わり星には弱いみたいだけど」
「貴方は何も覚えてないんですよね」
「ああ、違反の思念になるまでの寸前。それ以外の記憶が曖昧だ」
「それ、私が持ってます、私では無い誰かが、無数の思念体と戦うおぞましい記憶。しかし、その自分である誰かと、戦うべき誰か、その二人の存在が私から抜け落ちているんです。貴方が自分を認知出来る、自分がどうなったかを知るって、つまりそういう事ですよね」
「・・・・・」
「おそらくイハン、オグ、ルコ、という元々一つの存在であるべきこの三人・・・、これが元に戻るってなった場合に小娘はよォ・・・その・・・・・」
「・・・・・あまり口にはしたくないが、消えるだろうね、君は本来存在しなかったハズの思念体なんだ」

ガルテスを探す際にふと思った際に感じた恐怖心。元に戻った際に、私という存在はどうなるのか。


やはりそうなった際、私という存在は消える。私はあくまで、イハンとオグから抜け落ちた搾りかすから生まれたパーツの一部にすぎなかった。


私は、規格外の存在だったのだ。


「まあ、性質が重なってる地点でおかしな話だとは思ったけどね」
「小娘・・・?」
「ルコ、散々イハンを追いかけてきた君には今更な事かもしれない、だが、『元に戻らない』という事も選択肢の一つだ。僕はこのままで構わない、記憶が戻る必要も無い。君がどうしたいかを優先するんだ」
「・・・・・はい、でも大丈夫です!どうせ今、外はこの惨状です、どちらにしてもイハンを追いかけている暇なんてありませんから・・・・・」

どうにか明るく振舞おうと試みるも、限界はあっという間だった、気が付けばもう声が出ない、元に戻らなければ確かに私は生きながらえる。他の思念体と同様に、死んでも性質の尽きぬ限りによみがえる。
しかし、私という存在は・・・元はあってはならぬ存在なのだ・・・、他の誰かが許そうとも、自身の在り方が自身に重くのしかかるのだ。

「・・・・・オグっつったなァ、もう一度聞くが、イハンはもう元に戻るんだなァ?」
「ああ、この空間で僕が自由に身になったという事は、彼が普段通りの彼になるという事で相違ない」
「了解、それがわかっただけでも安心だぜェ・・・・・小娘!」
「・・・・・何?」
「行くぞ、イハンは復活可能だ、俺らが此処で成すべき事は完了した、イハンの今後は再度奴に任せておけばいい」

脱力に襲われた私の手を、ガルテスが強引に引っ張る。一人柱の前に鎮座しながら手を振るオグを残し、私達はその世界を後にした。









「戻ったぜェ!!」

気分が悪い、いや、衝撃の真実を知った事とは関係なしに、このダイブ中の感覚が気色悪い。なんでガルテス平気なん?おかしいんじゃないの?

「ほう・・・戻ったか」
「お帰りなさい!どうでした!?お怪我とかは無いですか!!?」
「それで・・・どうだったのだ」
「あァ・・・それがな・・・」

ガルテスは随分と大雑把に事を説明した。擬音まみれで何がなんだかわからない説明だったが。それでも一応の要点は抑えられた。
イハンの事から、オグの事まで、ガルテスはどうにか身振り手振りで説明する。私の事は、何も言わなかった。

「つまり、この状態でイハンは復活出来ると・・・?」

紙になったイハンを見ると、相変わらずそのプリントされた中身はThe OVERの姿のままだ。
流石に目視できる範囲で反映されるワケは無いか。

「別に世界観にもぐりこんだワケじゃないし、内容を改変ってマネも出来ないハズだから・・・たぶん中で起こった事は反映されてる・・・と思うよ・・・?」
「そこで疑問系だとどうにも信憑性が薄いわね・・・」
「かわいいからゆるせる」
「うるさいよ」
「一応、万が一に備えて臨戦体勢をとっとけよォ・・・解除するぜェ・・・!!!」

ガルテスが能力による紙化を解く、PON!という音と共にあたりに煙が立ち込め、あっという間に視界が遮られて何もわからない、煙出すぎじゃないのか、もう少し発煙量抑えようよ。












――












体が動く、さっきまで見事に乗っ取られていた感覚だったが、しっかりその腕は己の意思によって動いた。
それよりも何なのだコレは、確か俺ははてなタワーでやんややんやしていたハズだぞ。なんだこの煙は前が見えないじゃないか、霧が濃くなってきたな・・・

しかしその煙もゆっくりと薄れて行き、俺の視界は良好になっていく、薄くなった煙からはうっすらと人影が見える、が誰なのかはわからない。
もしかすると敵かもしれないが、アズゥ軍団にしては数が多い。





「おwwwwwかwwwwwえwwwwwwりwwwwwwなwwwwwwさwwwwwwいwwwwwww」
「おいガルテス叩きのめすぞコラ」

完全に取り払われた煙の向こうから見えてきたのは、ガルテスとヴィクレイマ、思念体が数体と、グリモア、そしてクロニクル。
どうやら図書館にいるらしい、何があったのか、先ほどまではよくわからなかったが、うっすらと自分の脳裏に紙にされる寸前の記憶がバックオーライ。

「げぇ」
「・・・・・」

複数存在する思念体の中には同じ性質を持つあの小娘もいる。出来る事ならば今すぐ逃げ出したいが、どうにも様子が変なので観察する。

「・・・・・あの、さ」
「何だ」
「今はこんな事態だし、私は貴方を追いかけるのはやめる、だから、その・・・アンタも私から逃げないで欲しい、ん、だけど、も・・・・」

何だろうかこの感覚、あえて口に出すならば

「気色悪っ」
「逃げるなよ唐辛子」
「すみまえんでした;;」

この豹変だ、やはり迫力は無いのだが、見ない間に若干の威圧感を放つようになってきている。あとメッシュを唐辛子っていうな。
お前、髪の毛に唐辛子ついてるぞ。

「イハンよ」

若干気の抜けた空気の中で、ヴィクレイマが俺に問いかけた。

「まずは無事復活を成した事に関しては実wwwにwwwww喜wwwびwwwwをwww隠wwwwwwせwwなwwwwwいwwwwwwwwwwwwww」
「ねえなんでそこ堪えた笑い混じってんの何なのイジメなの殺すぞ」
「まあそれは良いとしてだ」
「よろしくございません」
「今後のこちらの行動について、貴様も交えて一度話し合うべきだと判断した、一応、貴様が居らぬ状況下でもある程度話は進んでおったが、その内容や貴様の不在時に起こった事などに関してはその中で言っていこう」
「作戦会議か何かか?ならば丁度いい、現状の整理が追いつかない所だ、詳しく聞かせてもらうぞ」

「では、始めるぞ」


つづけ